私は人生を変えたかった①

私は人生を変えたかった①

こんにちは!

 

じぇいです。

 

自分の想いを書いてみました。

敬称略します。

 

 

 

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私はとにかく自信がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

中高一貫の進学校に通い、

 

高校生になると、周りは休み時間でも勉強していた。

 

親が医者で、医学部を目指している子も多かった。

 

元々そんなに勉強が好きだったわけじゃないし、

 

途中から勉強の意味が見いだせず、高3から成績がガタ落ちした。

 

みんながセンター試験を受ける中、

 

私だけアメリカのカレッジに進学することを決めた。

 

レールの上を走るつまらない人間には

 

なりたくないなと思った。

 

その反面、センター試験の勉強をしなくてよかったので、

 

勉強から逃げていた。

 

 

 

 

 

高校卒業後、アメリカの2年制の大学に進学し、

 

3年生からカナダの大学に編入した。

 

レベルもあがった。

 

学部はあとから決められるのでまだ決めていなかった。

 

でも、勉強したいことは特になかった。

 

 

 

 

しばらくすると、集中できず英語が頭に入らなくなってきた。

 

寮からでて、友達に会うのが嫌になってきた。

 

スーパーにも行きたくなかったので、砂糖を舐めていた。

 

 

 

すると、なぜだか、ふつふつと親に対して怒りが湧いてきた。

 

私は中学生のときから私立に通っていたので、

 

親に、あんたはほんまにお金がかかる子や、

 

と言われ続けてきた。

 

妹は公立だったので、お小遣いをもらい携帯電話も買ってもらっていた。

 

私は、お小遣い欲しい、携帯電話を買ってとは言えなかった。

 

 

 

留学中も、お金がかかると散々言われてきた。

 

張り詰めていた糸がぷっちんと切れた。

 

「なんで、うちはこんなに頑張ってるのに責められなあかんねや!!」

 

涙が止まらなかった。

 

でも、私は別に留学してと頼まれたわけでもなかったし、

 

事実、留学費用に膨大なお金を払ってもらっていた。

 

それなのに私は勉強したい学部もなかった。

 

 

高校生の時、勉強しかしないつまらない人間になりたくないと思っていたのに、

 

私はその一人になっていた。

 

海外の大学を卒業しました、という

 

肩書が欲しかった。

 

 

 

 

父親に対しての怒りも湧いてきた。

 

父は都合が悪くなると、叩いたり、蹴る人だった。

 

誰のお金でご飯が食べられるんや、

 

誰に口を聞いてるんや、

 

と何度も言われてきた。

 

 

 

 

やる気を失い、鬱っぽい状態で、授業を受けることができなくなっていた。

 

さすがにやばいと感じたのか、

 

母親がカナダまで来てくれた。

 

そして、学費を払う貯金はもうないと言われた。

 

 

 

 

 

私は、大学を中退した。

 

目標を達成できなかった自分が

 

腹立たしくて、情けなくて、悔しくて、

 

涙が止まらなかった。

 

 

つづきます

 

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